パリ トラベル ブック Capture 4 パッサージュとショパンの幻影

PARIS TRAVEL BOOK Capture4 : パッサージュとショパンの幻影

準備万端?パリの街の第一歩。荷物は機内持ち込みのスーツケースとリュックです。ホテルまで散歩を兼ねてゆるゆる、ガラガラ歩きていきます。

パリ、パッサージュの魅力とホテル

19世紀のホテルに泊まる

パリで最も歴史のあるといわれる天井付きの商店街
パッサージュ ジョフロア

 

 徒歩15分くらいの道のりを、のんきに30分以上かけて歩く。

 パッサージュ・ジョフロアに到着。ホテルはこの突き当りにあります。

 

 パッサージュとはアーケード商店街のこと、ここは17世紀に造られたパッサージュ。

 

 床のタイル、ガラスの天井。ショップもセンスの良いお土産屋さんや個人経営らしいコンフェクショナリー、カフェやおしゃれなアート作品や絵画を売るお店やギャラリーが並んでいる。

 

何度歩いても心惹かれる通路。滞在中は飽きずに毎日お店をのぞき込んでいました。

 

パッサージュの中央に歴史あるホテルがある
ホテルショパンとクラリネット

 このパッサージュの中には二つのホテルが入っていて、一つはベストウェスタンホテル。世界中にあるチェーン展開のホテルは、モンマルトル大通りから入ってすぐ右手に入り口がありました。そして、突き当り、(実際は、通路は左手に伸びていて裏のグランジェ・バトリエール通りに抜ける)クラシカルなガラスのドアを開けると黒ネコが出迎えてくれるホテル・ショパンです。

 何とオープンは1847年。日本は江戸時代、鎖国真っ最中です。そういう建物が日常に残っているのがヨーロッパのすごいところですよね。パリの中でも最も古いと言われているホテルの一つです。

 もし「ナショナルジオグラフィック」の2011年の2月号が入手出来たなら、パリの地下世界の存在に魅了されることでしょう。パリの地下に眠るもう一つの都市なんて聞いただけでゾクゾクしてしまうでしょ。実は、この古いパッサージュも中世の古道の上に建てられているので、その地下都市の一端、地下室から続く古道が今も活用されているらしいんです。残念ながら、一般のゲストが入れることはないけれど、この商店街の人たちは今でも倉庫として利用していると聞きます。当時、珍しかった床暖房の跡や、当時のままの石畳の道が地下に残っているなんて、どうしても見てみたい衝動にかられますよね。なんて魅力にあふれたパッサージュなのでしょう。

178年間一度も閉まらなかったショパンのドア

  足を踏み入れたクラシカルなホテルは、床もかしいでいるし、便利で快適な設備とはいかないが、エレベーターもあるし、フロントスタッフは小さいながらもフレンドリーで親切だ。朝になると、素敵な老紳士が犬を連れてロビーの椅子で新聞を読んでいる。

 このホテル、歴史のエピソードがすごくて、開業以来、つまり1847年から一度もドアを閉めたことがないそう。つまり365日24時間、178年間オープンしているということ。二月革命の頃から、モネやセザンヌの時代からここにあったんだね。

 

 このショパンの名前は、あの音楽家ショパンへのオマージュとして、1970年ころにホテル・デ・ファミーユから改名したらしい。ということは。。。そう、ショパンはピアノのショールームに通うためにこのジョフロア通りをよく歩いていたから、ここで、恋人だったジョルジュ・サンドと逢っていたからと伝説のストーリーは多い。 

 

 今回の旅では、このパサージュのホテルに泊まるというこだわりがあったのだが、なかなか初めてのホテルは勝手がわからない。連泊の予約も難しく、また円安と6月というハイシーズンのためか、2つ星ホテルというランクに反して料金も安くはない。

仕方がない、ホテルと直接メールのやり取りをして、出来るだけ思い入れを伝えた。果たして、パッサージュのホテルの夢は叶うのか、だった。

パリの煙突 ショパンの歩く小径と夢見る乙女?

 今回の旅は滞在型パリ中心だったので、ホテルショパンを軸にプランニングをする。が、希望日程の連泊が難しい。初めの一歩からつまずいてしまった。キャンセル待ちという方法もあるが、予定を組み立ててからの変更はあまりよろしくない。宿泊は荷物の移動も関わるので、体力と時間のロスがかなり大きくなる。

 そして見つけたのが、日本の大手旅行会社のサイト。さすが、大手となるとブロックを持っている。ブロックというのは、ある一定の日時まで部屋を抑えておける宿泊施設と旅行会社の契約のこと。値段も公式サイトと変わらない。部屋のグレードも大丈夫、この場合のグレードとは、2つ星とか3つ星とかではなく、部屋の広さ、設備、窓からの展望から計る。古いホテルとはいえ、エレベーターの設備もある。ということで、まずここから確実な日程を押えて、間にモンサンミッシェル、移動の効率と滞在したい場所の思い入れを追加して、モンパルナス、モンマルトルと組み、最後は空港へのアクセスを考えて最初のホテルに戻る。オーバーナイトバッグを用意すれば、かなり荷物の負担が減るはず。それぞれのホテルの値段、ロケーション、空き状況を整理して組み立てた、が、少々悩んだのは、ホテル側のディスカウントの条件設定。キャンセル不可で割と良い値段を出している場合。円安の影響で、この差額で食事一回分くらい浮くと考えると、とても大きく感じる。が、予定を変えたら、全額パーになる。このあたり、ギャンブルにならにようにプランニングの手腕発揮できるかってところですね。

ホテルショパンはモンマルトル大通りの突き当り、そこからL字型に曲がって裏通りに抜けるこの小径がジョフロア通り
かぎ型に裏通りに抜けるジョフロア通りと呼ばれるパッサージュ内

 

 こじんまりした落ち着いたロビー。重いガラスのドアを開けると、時代を感じさせるソファと椅子。1段高いところにフロントがある。昔の映画のシーンのようなカウンターに若い女性が一人。名前を告げると、今どきにお目に掛かれないでっかい紙台帳をテーブルいっぱいに広げて、これまた手書きで書きこまれた細かい文字を指でなぞって、聞きなれない東洋人の名前を探し当ててくれた。

 すぐに肩が凝りそうなくらいのでっかいシリンダーキーを渡してくれた。

 

 15時チェックインと聞いていたので、荷物を預けてお昼ご飯でもと思っていたら、すでにお部屋の用意が出来ていた。すごい!と思ったら、到着が10時頃と書いてあったので用意しておいたとのこと、そう、なんでもリクエストとか情報を伝えておくのって大事!

 

 この江戸時代からあるホテルはキシキシ音がする少し傾いた中二階の廊下を奥に進み、別館のような作りの建物に入ると、3段のせまい段差の先にエレベーターがある。ちょっと怖い昔の2重扉のエレベーター。銀座の奥野ビルのような感じ。ノスタルジー感はたっぷりだけど、途中で止まったりしたらどうしよう感もたっぷり。荷物と共にキュウキュウの箱で4階まで上がると、さらにVの字型に下り階段と上り階段、二つの建物をつないでいるようなのだけど、増築なのか、むりやり2棟をくっつけたのかは不明。十分にエレベーターの便利さを味わうことなくドキドキの411号室の前で手首をねん挫しそうに重いカギでドアを開けた。

わっ!

両開きの窓いっぱいの、パリはやっぱ煙突!

 真っ先に目に入った正面の窓は両側に開くクラシカルな形。これ、子供のころに読んだ絵本の中のお姫様気分。年齢に関係なく、乙女の気分でカーテンを開けてパリの空に向かって大きく両手で開けると、パリの屋根とかわいい煙突のパレードだ!

 なんて素敵!パリの屋根の下。裏側から見える生活感にあふれた街は、誰も見えないのに活気を感じる。風も温度も異国の質感だわ。

 

 パリにいくつかあるパッサージュは1階に店舗、2階から上は居住区になっているとこも多い。上層階は空中庭園のようになっているところもあるらしいが、居住区に入るには入居するか、居住者に招待されるかしかない。

 

 空中庭園とはいかないが、通された部屋の窓からの景色は、まさにパッサージュの真上、煙突がキョトキョト生えているパリの裏町の風情。すっかりご満悦。荷物を解いて一休み。思いのほかパリは暑い。

 

 パッケージツアーだと、ホテルに着く前にいろいろなところを観光するところだが、個人旅行の場合は、チェックインが出来る出来ないに関わらず、まずはホテルに行くことがリスクが少ない。まず荷物を手元から離すこと。身軽になって頭もスッキリ切り替えられる。そのためには、スーツケースを預けたら、すぐにでもお外に出られるようにバッグの中身の必需品を確認しておこう。

 

 今回のように、スムーズにチェックイン出来たら、シャワーを浴びてリフレッシュ出来る。一休みして、ホテルの周りや地下鉄の乗り方チェックなど、小冒険に出てみよう。

 

 期間の限られた旅行だと、時差ぼけはけっこうつらい。下手をするとやっと治りかけた時には帰国なんてことにもなりかねない。防ぐ方法は二つ。一つは、最初の一日をひたすら寝ること。二つ目は、飛行機の中でできる限り寝ること。そういう意味で言えば、今回は飛行機の中で映画なんて観ちゃってあまり上手に眠れなかった。。。。

さぁ!スリを見つけに行こう!

 パリはどんな情報を見ても、スリが多いという注意喚起がとにかく多い。スリの瞬間の隠し撮りの動画までYouTubeにアップされていたりする。アルゴリズムに引っかかって、行く前に次々とこういう情報を詰め込まれると、まるでパリじゅうがスリだらけのような気持ちになってしまう。

 日本だって最近はかなり物騒だと思うけど、日常茶飯にスリが横行している街なんて想像しただけで恐ろしい。

 

 どこにどのようなスリたちがいるのでしょう。今回、私はカモネギのリュックで街歩き。ドキドキしながら探検へ。

 

 パッサージュは日本のアーケード付き商店街のようなものだが、規模はこじんまりとしている。まさに中世の小径をそのまま全天候型の商店街にしたという雰囲気。窓ガラスにはお店のロゴ。エッチングやカリグラフィにもこだわっているのがわかる。このホテルショパンのあるパッサージュの通路はL字型になっていて、大通りのモンマルトル通りから入っていくと、パン屋やカフェに混ざって、かわいらしいオブジェやハンドメイドの小物を売る店が並んでいる。突き当りにホテルがあるが、実は左手に通路は続いていて、裏のグランジュ・パトゥリエール通りに抜けられる。

 曲がった先にあるのは、画廊など絵画を扱うお店が並ぶ。デッサンや絵画が大きなフォトフォリオに入れられて売られている。ヴィンテージものから現代の作家まで、モチーフも様々で、水彩画やデッサン、エッチングなど見ていて飽きない。

 

 店の中を覗くと、画廊のようなオフィスになっている店や、作家のアトリエになっているところもある。お土産物屋さんに交じってどこかアカデミックな雰囲気のある通り。天井には透明のランプ型のシェードが並んでいて、すっかり気に入ってしまった。

パリの街・モリモリ花のデコレーションの謎!

日本では見かけない色合いのインテリア。色を合わせた造花モリモリです。
モンマルトル大通りのカフェ

 パリに来て、へぇって思ったのは、カフェとかの店前のデコレーションがものすごい。ゴージャスな造花をふんだんに使ったお店が目を引く。ファサードから入口全体がその店のコンセプトカラーと思われる膨大な花々でブーケのように膨らんでいる。お店によっては花に埋められたオブジェもアレンジされていて、かなりのインパクトがある。これは初めての光景とセンス。花の都パリならではなんだろうか?

 

 強い日差しに多少なりとも色褪せてはいるが、それが却ってノスタルジーな雰囲気を醸し出している。すべての店ではないが、ここはパリだぞ~と主張しているようにも思えた。

東京のラーメン専門料理学校・・・・って。。どこ?

 パッサージュをグランジュ・パトゥリエール通りに抜けると、目の前にそのすごいこんもりしたピンクの(多分サクラ)花のデコレーションに、なぜだか招き猫の看板が目に飛び込んで来た。

 カフェ?じゃないラーメン屋さんだった。なんかへんな趣味と思ったんだけど、けっこう繁盛している。そして、すぐに気が付いた。この街は、ラーメン屋と寿司屋と焼き鳥屋がとても多い。パリ初日の初めの食事にラーメンもないものだと却下したのだけど、日本がこんな形で浸透しているとは思わなかった。

 後でわかったことだけど、このラーメン屋さんのオーナーは日本人ではないらしく、店のポスターをgoogle 翻訳のカメラにかざしてみると、東京にある日本一のラーメン専門の料理学校で優秀なる成績を納めて、パリに凱旋したのだそうだ。

ううむ・・・ラーメンの専門学校なんて、東京に住んで長いけど、見たことも聞いたこともない。が、話のネタとしても面白い。

お散歩して感じたthe 観光客の思い

 街自体はすごくおしゃれでもきれいでもない。でも生活感はある。例えば、日本だとどこに行ってもチェーン店や全国展開のコンビニがやけに目について、その土地らしさが希薄になっている。その点、ここは街の中心地の裏通りでも、チェーン店としてはモノプリというスーパーマーケットくらい。それも小規模なもの。ほかには、八百屋やパン屋、靴屋さん。そぞろ歩きに覗ける店はたくさんある。そして、人種のるつぼ。昔からパリには世界中の人々が集まる場所とは聞いていたが、これほどとは。

 これだけの人種が集まっていたら、平和を保つのも苦労が多いように思う。ヨーロッパは国境もしょっちゅう動いて来た歴史だから、当たり前といえば当たり前だけど、私が過去に持っていたフランス人の印象とはずいぶん違っていて、目からうろこがボロボロ剥がれ落ちた。

 

 ホテルをモンマルトル大通り側に出ると、蝋人形ミュージアムがあって、そこの映像ディスプレーがなかなか面白い。それを横目に見ながら通り過ぎると、すぐに地下鉄の駅がある。エスカレーターもあるにはあるが、1本だけで上り方向のみ。基本は階段を使うことになる。地下は文化と歴史があるパリとはいえ、ま、フツー。オリンピックがあったからなのか、標識もわかりやすい。紙の回数券が廃止になって、非接触カード、ナヴィーゴを使わなければならないが、そもそもローテクなのであまり勝手がわからない。

 それで空港で購入したのだけど、この駅は有人でナヴィーゴも窓口購入できるみたいだ。ということは、課金もできそうなので、ちょっと一安心。

 

 日本の交通系カードのように運賃のみを引かれるわけではなく、ゾーンによって異なるチケットをチャージするのって、距離感のない観光客には分かりづらい。そうなると、つい1日券とか、1週間券とか買いたくなってしまうけど、一日中、乗り物ばかりを乗ったり降りたりし続けるわけではないから元は取れない。特に円安の今は、無駄は少しでも省きたいところ。

 どの国でも、自動券売機の操作にはけっこう苦労するので、有人窓口がある駅はありがたい。あとはバス。地下鉄が便利なことはわかるんだけど、景色が見えない。The 観光客としては、街の景色を楽しむことは重要なこと。

 出来る限りバスを使いたい!便利は不便としょっちゅう悪態をつく私も、このバスについてはgoogle map 様様、もちろん、時々嘘もつかれたけど、十分に助けてもらいました。

パリ、初めてごはんに挫ける

 

 駅をチェックして、そろそろお昼どき。初めての食事へ。

ホテル前のモンマルトル大通りを渡ると、もう一つパッサージュがある。

 

 こちらは殆どが飲食店。まさにお昼時でにぎわっている。

こんな狭い通路でみんなおしゃべりをしながら楽しんでいる。こうしたテラスつまり屋外での飲食ってすごくヨーロッパ臭くて憧れちゃうのだけど、実は、パリってなんとなく埃っぽい。なんだろう、例年になく暑いせいなのか、空気が比較的乾燥しているからなのか、ざらつく感ではなく、細い通路にテーブル椅子を並べて、さらに混雑していると、人いきれのようなくらっとする感じ。

 

そして、面白いように、どの店がどんな食事を提供しているか、テーブルに並んだお皿をみると一目瞭然。圧倒的に多いのかピザ。それもテーブルいっぱい。お皿からもはみ出て、お皿のくぼみに合わせてピザもお花のようになって咲いている。

 

 属に言うフレンチというのは、実態がつかめないのでよくわからないのだけれど、どれもお昼にしては量、多くね?といった感じ。ちなみに私はどちらかというと大食漢の方です。で、ある一軒、おいしそうな鉄板の上にお肉じゅうじゅう。メニューを見ると鴨料理のお店らしい。繁盛店のようだ。

 ここ、いいよねって思ったら、予約ない奴はダメだって、そっけなく追い出された。待っていても?って聞いたんだけど、忙しさにかまけてか、私たちが面倒くさそうなお上りさん風だったのか、無視された。

 ムカッ!

 カフェは通し営業をしているが、レストランはランチとディナーの間はお店を閉める。日本でもそういうお店は珍しくはないけれど、みんながみんな時間割で生きている人間ではないし、特に食事は、今、何食べたい?っての、大事じゃない?

 

 世界中がなんでもかんでも「予約されてますか?」ってどうなのよ!といきなり不満。それにしても、人気店とそうでないお店の差もかなりあるけど、SNSの時代、混んでいるお店が本当に美味しいかというと、たぶん、そうではないと思う。

 でも、そのお店の鴨料理、とてもおいしそうだった。それでも、旅行者がそこからわざわざ予約をしてこのレストラン優先するかというと、私はそうではない(負け惜しみ)。

 

 夜にまた来ようかと思った、その時は。でも、旅人は気ままな神出鬼没を楽しむもの、ついにこの鴨が私の口に入ることはなかった。

あれ、なんだろうを見に行く。

 初日の探検は続く。到着時にオペラ座からホテルまで歩いた通りの隙間から、そびえ立つ緑のオベリスクが見えた!あれ、なんだろうと。熟読したはずのガイドブックでは見落としたモノ。ベージュ色の街に緑の高い塔はやけに目立ったので、そこに行ってみることに。

 

 途中のカフェレストランで、予約ないけどいい?って嫌味っぽい言い方でダリに似たクラークに訊いてみたら、それは愛想よく、好きな席に座れって言ってくれた。そうだよ、こうでなくちゃ、ね。

 埃っぽくてもテラス席、飲み物が2人分置けるだけのまるくちっこいテーブル、食事をしたいというと、一回り大きな四角い天板を持ってきて、丸いテーブルの上にガボッとはめ込んだ。ほぉ、限られた空間をうまく使うものだ。あっという間に、お皿やグラスが載るテーブルに早変わり。

パリはフツーにお水が出る。

 水について。パリでは基本、日本と同様に水が出る。が、お店によってサービスのニュアンスが違う。私も、最初、失敗した。日本人の癖ですかね。お水は?と聞かれたら、イエス、プリーズと反射的に答える。その際に、ガス?ノンガス?と聞かれたら、間違いなく有料のお水。しかし、日本と同様(?)に無料のお水が欲しければ、タップウォーター、プリーズといえばOK。

 すぐには見分けられないけど、有名店というのがある。歴史があり、有名人が通っていたことで観光客がこぞって訪れるカフェ。こういうところは、特にサービスやメニューに大きな違いはないが、お値段はお高めで、ウェイターはちょっとしたレストラン並みに優雅な注文の取り方をする。

 

 のんきにオーダーしていると、お水だけで1000円近くなってしまうので、恥ずかしがらずにタップウォーターと言おうね。ちなみに黙ってお水を出してくれるところもかなりあって、日本人としてはうれしい限り。パリの水道水は飲めます。味は、好みと気分があるので、ご予算と気分でお好きなチョイスを。

 

 

 

 食事は、なんでも、とにかく、チーズがどっちゃり乗っていて、ほかの食材の味がよくわからないくらい。チーズ好きにはたまらないと思うけど、日本人って、普段さほど乳製品を食べないので、うれしいのは最初のうちかも。

 

 チーズ好きでもいきなりこの量は驚く。ホワイトソースと思ったら、全部チーズ。味はとっても良い。濃厚で。しかし。。。。。もちろん、うれしい人もきっといると思う、けど。限度が違う気がする。。。

 

 

 

 

 ランドマークになる高い建物って、近くに見えても、歩いていくと思いのほか距離がある。けど、その分、だんだん近づいていくスローモーション映像のようにわくわく感もある。そして観光客ですから、寄り道、ウィンドウから見えるきれいな彩に誘われてお店の中に何度も吸い込まれてしまう。

 なつかしいベネトンショップがあった。日本で見かけなくなって久しい。お店のスタッフが「昨日、東京帰って来たんだよ。」って。日本はけっこう気に入られているようだ。デザイナーが変わったのか、昔とはずいぶんイメージが違うラインナップ。フランスって感じるのは、リネンの素材が多いこと。素敵!欲しいものいっぱい!

 

 気を取り直して、また歩き出す。ガイドブックを確認すると、あったあった、ヴァンドーム広場。昔は、ガイドブック片手に、が観光客の定番だったけど、今どきは殆ど見ない。確かに重たいし、スリとかには狙われそうですが、付箋だらけのガイドブックは最初の冒険ではけっこう役立ちます。なんせ、the観光客ですからね。

広々としたヴァンドーム広場の周辺には高級ブティックが並ぶ。ショーメのビルはかつてのショパンの住まい。
青銅のオベリスクのてっぺんにはナポレオン

 パリのすごいところって、こうした中世の豪華な建物がフツーにドンってあらわれること。現代にいて、瞬時にタイムスリップできる空間がそこここにある。

ここはツアーの魅力から外れているせいか、人影もまばらで解放感にあふれている。オベリスクは青銅製でてっぺんにはナポレオンの像が立っている。凱旋の度に建築物が増えるパリ、ナポレオンはローマの方向を向いているのだそう。今でも世界征服を狙っているのか。権力者はこういう箱モノ好きだよね。

 

 まわりの建築物は豪華で宮殿のようです。天窓のデザインがとても洒落ている。見られていることを意識したデザインのもの、パリにはとても多い。確かにセンスがいいんだね。

 高級ブティックがぐるりとこの広場を取り囲んでいる。ドアの前にガードマンが立っている姿は銀座や原宿でも見かけるが、こうしたブランドショップのガードマンはみなカッコいい。この人たちも、商品イメージの一端を担ぐ重要なポストなんだろうね。ジェンダーの時代にあって、どのような募集要項なのかと変なことを考える。

 

 

 

広場のビルを眺める。天窓のデザインがおしゃれ。中から外を見てみたい好奇心がうずく。アーチ型と楕円の窓ガラスが交互に並んでいるが、外観はアルファベットが並んでいるようにも見えるし、中世のかつらを被った人の顔のようにも見える。

 

 特に建築物に興味があるわけではないけれど、しばし見とれてしまう。

 

 


 

 この広場にあるどの高級店舗にも恐ろしくて入ってみようとも思わない、せいぜいショーウィンドをのぞき込んで、プライスのゼロを数えて驚くくらいのものだが、このショーメのお店が入っているビル、実はショパンの最後の家でもあったそうです。

 

 ジョルジュ・サンドと決別してから、ショパンはどうも調子がよろしくなかったようで、晩年、といってもまだ39歳だったのに、ここの一室で息を引き取ったそうです。

 

 ビルにはその記録のパネルが埋め込まれています。およそこの界隈に似つかわしくない格好でうろつく私たちにも、ショーメのガードマンたちは親切で笑顔だった。そう、ブランドイメージは大事です。


 

フレデリック フランコ ショパン。ポーランド出身。1810年2月22日生まれ。

1849年10月17日この家で亡くなった。と刻まれているようです。

40歳まで生きなかった人生なのに、作品は今も生き続けている。すごいなぁ。

 

 

広々した空間の広場に面しています。オベリスクの真ん前です。ショーメの店舗、ビルの入り口のすぐ向かって左手の壁、上方にこのプレートが貼られています。


円安、日本はホントに貧乏になっちゃったのかもなぁ。。。

 ウクライナ戦争の後、世界中が物価高に悩んでいて、さらに悪いことに日本の経済はとてもよろしくなく、今や発展途上国並みの生活困窮国と言えるかもしれない。今は昔、日本中が世界を圧巻していた夢物語を語る意味もないが、海外旅行となると、今の値段の高さにはびっくりする。

 円安と世間はいうけれど、個人的には円安というより、物価に対応した収入が日本人にはない。という印象。

 

 考えてみれば、ウクライナ戦争、もっと言えば、コロナ前であっても、海外での物価はけっこう高かった。日本では昼食が東京だって1000円で十分食べられたとき、スペインでは平均3000円くらいはしていた。まぁ、観光地値段としても、ごはん、高いなぁと感じていた覚えがある。当時は1ユーロ120円台だった。カフェスタンドで食べる朝食は日本のマックの朝メニューとそんなに違いはなかった気がする。それが、今やさらなる値上げに加えて、1ユーロ、160円~170円ですからね。

 

 トイレに行きたいならカフェを使えなんてこともおすすめできない状況なんですよ。カフェのコーヒーは最低でも5ユーロから9ユーロ。休憩がてらならまだしも、トイレに行きたいからの利用は考えちゃいます。

 

 私は古い人間なので、おパリというと犬のフンがひどい!と言われた時代から知っていますが(行ってはいないけど)、現在はとてもきれいな街だと思います。街角には公衆トイレもけっこうあります。でも、使い方がちょっと日本のとは異なるようです。トイレが少ない!といろいろなガイドブックに書いてありますが、やはりオリンピックの影響はあったようで、日本と同じ感覚でトイレの設備は整っていて、困ることはありません。アメリカのようにチップ社会ではないことも救いではありますが、上手に節約していきたいです。

 

さて、到着初日、想像していた以上に暑くて、夕方4時、5時になっても、太陽はギラギラ。1年で一番日が長い時期に来ていても、店舗の閉店時間が伸びるわけではないのですが、いい調子で浮かれて歩き回っていると、あっという間に7時、8時になってしまいます。夜の10時でも普通に明るいって、時差ぼけの調整にはなるのかならないのか。。。。

 

 宿泊のエリアはオペラ地区と呼ばれるところ。明日はノートルダム寺院のある地域に出かける予定。